「月明かりなんて視界にない」 インキュバスに魘されて 無性に誰かがいとおしい 手馴れて打てたあいつの電話番号も今では忘れて きっと私はひとりになった 缶コーヒーの空は夜明けまで積まれて 脳裏をかすめては過ぎていくのは最後の捨てゼリフ 昔々を思い出しながら"Lover soul"を口ずさむ 「あなたと二人でこのまま消えてしまおう 今あなたの体に溶けて ひとつに重なろう ただあなたの 温もりを 肌で感じてる 夜明け」 いつかのあいつの真似 歌をうたう私はなんだか上機嫌みたいで笑ってしまう 嫌なほど撮った二人の写真 捨てきれずにサイドボードを埋め尽くしている 手首を見せ合った私達 紙上では血の気も通わない傷だらけの腕 どうしても未だに目がいってしまう それは一番素敵なアート 夢中でお互いを貶しあった サディスティックの前兆 煙草をふかし過ぎた ヤニだらけの部屋 残像と共に置いていったドライフラワーの匂いは むせ返るほどに 心に染みる あいつはもう逝ってしまった そっと音も立てず いつか誓い合った言葉の通りに 私は繰り返されるながい夜更けの中で 同じことに気をとられては 小箱にしまったはずの手紙を広げて 忘れたくない一握りの出来事を思い続けるんだろう 月明かりなんて視界にない 祈りはしない ただ今は目の前を埋め尽くす闇から出たいだけ
poem